過去を振り返ってみると、悩みが深いほどその後の行動の変化は大きいです。
そういうときこそ、成長も大きかったと思います。
一方、悩んだとしても、悩み方が浅かったり、少なかったりすると、行動があまり変わらず、大して成長できない。
悩んだだけ時間の無駄だった、ということもありました。
僕は、明らかに平凡以下の人間です。
挫折や上手く行かないことを、数え切れないくらい経験しました。
その多くは、自分が甘かったり、浅はかだったことによって起きたものです。
最初はいつも、他人のせいにしてました。そうするほうが精神的には楽です。
あいつがあんなことをやったから、上司が馬鹿だから、部下が動かないから。
いつも、悪いのは他人だと思ってました。
思い出すと、その時の自分の未熟さに恥ずかしさを覚えます。
しかし、他人が悪いと思っているうちは、状況は何も変わりませんでした。
やってもやっても状況はさらに悪くなるだけ。
しばらくすると、誰の責任にもできない事に気づきます。
他人のせいにしても、結局は自分自身の力で立て直さないといけない。責任を誰かに押しつけても状況は一向に改善されない。
そこで、初めて自分を見つめる必要性に気づきました。
八方ふさがりに思える状況にならないと、自分と向き合えないんですねえ。
自分と真剣に向き合ったとき、初めて自分の考え方・態度・行動の直すべき点が見えてきました。
そこで見えてくるのは、他人から見たら100ある欠点のうち、2とか3ぐらいのことかもしれません。
しかし、たった2とか3ぐらいのことでも、自分で自分の非を認めるのは、精神的にはかなり辛いものがあります。
認めるときは、ものすごく落ち込みます。自分の言動を思い返すと、顔から火の出るような気持ちになりました。
何時間も悶々と悩まないと、自分を納得させられませんでした。
今、思い返しても情けない、、、、。
しかし、そこまで落ちないと自分を省みることが難しかったのです。
やはり、人間が未熟なんでしょうね。
そうやって悩んで、初めて行動を変化させることが出来るようになりました。
すると、不思議と助けてくれる人が出てくるようになります。
本当、これは不思議です。
たまたま、そういうタイミングだったのか、何なのか分かりませんが、「自分の言動を変える」と言い聞かせてしばらくすると、必ず助けてくれる人が現れました。
ぎりぎりのタイミングで助けてもらったことが、何回もありました。
解決できそうもない悩みがあったとしても、ときにはその悩みにとことん嵌まってみるのも良いかもしれません。
もしかしたら、悩むことが人生の飛躍のチャンスになることもあります。
悩めば悩むほどその後の変化率は大きい。(僕の体験談)