世界陸上2017ロンドン大会:モハメド・ファラーの1万メートル優勝を見て、英国の懐の深さを感じた

2017年ロンドン世界陸上の一万メートルで、英国のモハメド・ファラー選手が優勝したときの話です。

世界陸上を見るために英国に行きました。そこで驚いたのが、ファラー人気の凄さ。

大会初日。ファラーが出場する男子1万メートルをスタジアムで見ました。
レース前、オーロラビジョンにファラーの姿が映し出されるたびに、観客からは大歓声が沸き起こります。その音量は直前の100メートルのボルトに匹敵するほどのものでした。 

レース中は、400メートルトラックを選手が周回するのに合わせて、観客の歓声がさざ波のように移動していきます。目の前をファラーが通り過ぎるたびに、僕の周りの英国人は声を張り上げ、ユニオンジャックを振り回していました。
そして、ラスト2周ぐらいからはスタジアム中が総立ちで、耳が割れるような歓声。学生の頃によく行っていたロックのコンサート以上で、これまでの人生で経験したことがないようなボリュームでした。一晩寝ても、まだ耳がキンキンしてます。陸上競技に対する熱狂度は、日本では考えられないほどです。英国人の陸上競技に対する愛情とファラー人気の高さがよくわかりました。
 

翌日、ロンドンのタブロイド紙の一面には「ロンドン・シティは"モータウン"(ロンドンはモーの街)」という見出しが踊っていました。
モータウン」というのは言うまでもなく、アメリカの黒人音楽専門レコード会社で、60、70年代に多くのヒット曲を産み出したレーベル。ファラーの活躍に熱狂した様子を、気の利いた表現で書いてるなあと感心。

いくつかのレース動画を見ると、コメント欄の書き込みはファラーへの賛辞で埋まってました。多くの人が「ソマリア人、そして英国人の誇りだ」と書いています。

ご存知かもしれませんが、ファラーはソマリア生まれの移民の子供で、幼い頃に戦禍を逃れて難民として英国に渡ってきた家族の一員でした。
英国で陸上競技の才能を見出されて、今のようなスーパースターとなったわけで、いわばブリティッシュドリームを体現したような人です。
 

生粋の英国生まれでもなく、アングロサクソンでもないファラー選手に対する英国人の反応は、日本人とはすこし違うように感じました。

この国では、英国人であれば、どのような人種だろうが、どこで生まれていようが、純粋に母国の代表として応援しているようにみえます。ソマリアにルーツをもつことを認め、かつ英国人として、諸手を挙げて喜んでいる。幼い子供からお年寄りまで、人種・性別にかかわらず、あらゆる人がファラーお得意のポーズ(モボットという言うらしい)を真似します。

日本の場合、海外からの難民や移民の人が、日本国籍を取得して活躍したときの反応はどうでしょうか?
100メートルのハーフの選手に対する反応。昨年のラグビーW杯の日本代表に日本人が少ないことへの疑問の声。そして、女子テニスの大阪なおみ選手の全米オープンでの優勝。
そのたびごとに、微妙な空気が流れるようですね。


街を歩いていると、若者が人種を超えて談笑しながら歩いている姿をよく見かけます。
少なくとも公式の場面では、人種による区別は無いように見受けられます。
確かに、異人種間の夫婦・カップルはあまり見かけませんし、ブレジグットのような動きがあったりと、心の奥底ではいろんな感情があるのでしょう。しかし、それが表面に露骨に現れてくるようなことは少ないようです。

 
英国は、大英帝国として外国を植民地として支配し、搾取していた時代がありました。
それを反省して、移民優遇策とも言えるような政策を実施し、移民を積極的に受け入れるようになります。すると、スポーツ、政治、音楽といった様々な分野で、移民の人々が活躍するようになる。そうやって、だんだんと社会に受け入れられてきたのだと思います。

もちろん英国社会も完全ではなく、移民への偏見や差別はまだまだ残っているでしょう。多発するテロ、貧富の差、という課題は確かにあります。しかし、過去の反省を踏まえて、それを乗り越えようともがいているのが、今の英国の姿ではないでしょうか。 

英国の社会を見るとその多様性がいたるところに見られ、開かれている国だなあと感じます。それが、海外の人、特にアフリカ系、中米系、アラブ系の人々の関心を引きつけ、世界から人や資金を呼び込んでいるだと思います。
多様性が軋轢を生むと同時に、活力の源にもなっているように感じます。
 
移民受入れに舵を切りそうな日本政府。
そうなると、海外生まれの人、肌の色が異なる人、日本語がうまく喋れない人など、様々な背景を持つ人がこれからも増えてくるでしょう。そのとき、その多様性を自然体で受入れる懐の深さを日本人が持つことが出来るか。

単一民族国家の日本が、乗り越えなければいけない多くのことを教えてくれているような気がします。