【おすすめ本】シュードッグ/フィル・ナイト:爽やかな青春小説のような読後感

読後、爽やかな青春小説を読んだような気分になりました。

ただ走ることが好きなだけの一人の若者が、ランニングシューズの会社を作り、世界最大級のスポーツブランドになる。
夢物語のような人生を送ってきたナイキの創業者の自伝は、とても人間臭く、笑いと失敗に溢れた青春物語でした。

陸上仲間と立ち上げた会社のストーリーは、ユーモア溢れ、奇想天外なエピソードがてんこ盛り。
会社も設立していないのに日本までオニツカシューズとの契約交渉に行き、ドキドキしながらも鬼コーチとのパートナーシップを締結し、あまりにも熱心な起業仲間の仕事ぶりに辟易したり。
著者の正直な気持ちが素直に描かれていて、賛美一方の普通の伝記とは一味違う読み物になっています。

著者はまえがきで、こう述べています。

私は走ることが好きだが、馬鹿げているといえば、これほど馬鹿げたものもないだろう。ハードだし、苦痛やリスクを伴う。見返りは少ないし、何も保障されない。(中略)。走る行為から得られる喜びや見返りは、全て自分の中に見出さなければならない。すべては自分の中でそれをどう形作り、どう自らに納得させるか、なのだ。

世間ではその人の判断するのに「お金、家、地位」といったものを基準にしがち。テレビやネットでも、そういったわかりやすい基準で「成功した、しない」という言い方をしている。

著者はそういった側面では、もちろん大成功した起業家ではある。
しかし、彼が本当に大切に思っているのは、莫大な資産を築き著名人になるということではなく、ランニングシューズを作ることをやり続けたなんだろうと思う。
世間の考える価値基準ではなく、自らの本心に照らし合わせて納得出来るかどうか。
本書を通して、フィル・ナイトのそういった信念が端々から伝わってくる。

この本には、面白いエピソードがたくさん出てくるが、僕が一番好きなのは、旧日商岩井経理担当者がナイキ(当時の社名:ブルーリボンスポーツ)の銀行への借金を肩代わりする場面。
無表情でめったにジョークを言わず、いつもこちらの表情を見透かすかのようにを見つめてくる経理マン。とっつきにくいこの人物のことを、当時彼らは影で「アイスマン」と呼んでいたらしい。
ブルーリボンスポーツが銀行から融資返済を迫られ、会社存続の危機陥った時、その借金をまるまる肩代わりしたのがこのアイスマン
著者と一緒に銀行に乗り込み、返済を肩代わりすると宣言し、加えてその銀行との取引もやめると宣言するときの格好良さ。

彼はネクタイを正してこう言った。「なんとも愚かなことです」
当初、彼は私のことを言っているのかと思った。だがそれは銀行のことだった。「私は愚かなことは好みません。みんな数字ばかりに気を取られ過ぎです」

この文章を読んだときは、くすっと笑いが漏れると同時に、同じ日本人として誇りのようなものも感じました。

後日、NHKの「シュードッグ」の特集で知ったけど、このアイスマン、実は会社の権限規定を無視して本社に無断で融資肩代わりを実行したという。そのため危うく会社を首になりかけたというから、アイスマンもなかなかの人物だったみたい。

様々な苦難を乗り越えて、世界最大のスポーツブランドに上り詰めたナイキ。
馬鹿げたアイデアを、ただ好きだからということだけで仲間と実行していく。
その姿には、憧れを覚えると同時に、変に小利口になってしまっている自分を振り返って恥ずかしくもなります。

起業家やビジネスパーソンに限らず、人生に悩むすべての人に読んでもらいたい物語です。